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仙台高等裁判所 昭和31年(う)759号 判決

控訴人被告人

及川勝夫

外三名

弁護人

高橋万五郎

検察官

吉安茂雄

主文

原判決中被告人及川勝夫、同野崎渡、同平山新太郎、同山野部登に関する部分を破棄する。

被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登を各懲役一年に、被告人平山新太郎を懲役六月に処する。

原審における未決勾留日数中、被告人及川勝夫、同山野部登に対し各五〇日を、被告人野崎渡に対し七〇日を、被告人平山新太郎に対し九〇日をそれぞれ右本刑に算入する。

被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登に対しいずれも二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴趣意は、被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登の三名名義の控訴趣意書、被告人平山新太郎名義の控訴趣意書、右被告人四名の弁護人高橋万五郎名義の控訴趣意書(第二点の二、第八点中原審相被告人〓沢惣三郎に対する量刑不当を主張する部分を除く)記載のとおりであり、検察官の答弁は、検察官吉安茂雄名義の答弁書記載のとおりであるから、これを引用する。

被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登の控訴趣意第三章について、

論旨は、木村国司及び伊藤初治が取調に当つた司法警察員から殴る等の拷問を受け、原審相被告人菅原庄三は取調をした司法警察員横尾寿から暴行されて多量の出血をし、それにおびえ生命の危険を感じて供述調書に署名押印し、鈴木みさをは司法警察員の取調を受けた際述べないことを調書に書かれたことに気がつき、それを指摘して削除させた事実があると主張する。しかし、原審は伊藤初治及び鈴木みさをの各司法警察員に対する供述調書については証拠調をしていないし、木村国司及び菅原庄三の各司法警察員に対する供述調書については証拠調をしているが判決には証拠として引用していない。取り調べられない若しくは証拠として引用されない供述調書が原判決の事実認定にいかように影響したかを具体的に示さないで、ただその取調をした司法警察員の取調方法を云々して原判決を論難することは相当でない。のみならず、木村国司は原審第三一回公判(被告人山野部登外三名に対する暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件―いわゆる職安事件―と併合する前の被告人及川勝夫外八名に対する建造物侵入等被告事件―いわゆる市役所事件―の公判を指す、以下公判とあるのはすべて同様である)で、伊藤初治は原審第三四回公判でそれぞれ同人等の関係について右主張に符合するような証言をしているが、右各証言が直ちにそれら自身の信憑性を担保するほどの合理性があるものとは認め難く、他にその裏付となる資料も存在しない。また、菅原庄三関係については横尾寿が原審第一五回公判で、中沢実が原審第一六回公判でいずれも所論のような暴行の事実のなかつたことを証言しており、鈴木みさをは原審第二九回公判で証人尋問を受けたが、被告人及川勝夫及び原審相被告人〓沢惣三郎は右尋問に立ち会いながら、同証人に対し司法警察員により所論のような取調方をされたことの有無については一言も質問していない。その他原審並びに当審に現われた一切の証拠を調査しても、論旨の主張事実を肯認するに足りる資料を発見することができない。

次に、論旨は、伊藤初治は検察官池田修一から強圧的かつ執拗な取調を受けて身に覚えのないことの記述された供述調書に署名押印し、市長清野源助は同検察官から富田助役を介して参考人として取り調べられた際はただ恐ろしかつたと答えればよいと誘導され、〓沢惣三郎はその取調に当つた門馬警部補から前科があるため事件にまきぞえを食うことを恐れているのに乗じて拷問、脅迫、甘言をもつて供述調書に署名押印させられたと主張する。しかし、伊藤初治は原審第三四回公判で、―その供述は全体として首尾一貫したものとは認め難いが―「検察官の取調では知つていることを正直に述べたもので、検察官から大声で言われたり、殴られたりしたことはなく、同じことを何度もくどくど聞かれたのでもない」と証言しており、新井田英夫は原審第四二回公判で論旨にいわゆる池田検察官の誘導云々のことに関して証言しているが、その内容は伝聞事項にすぎないもので、確たる根拠のあることとは認め難い。たゞ、〓沢惣三郎は原審第三九回公判で司法警察員の取調を受けたときの状況について一部論旨に符合するようなことも述べている。しかし、同人の言うことにはとりとめがない。すなわち、裁判官の質問に対しては「あまり警官がでつち上げるので興奮して述べた」と言い、或は「夜七時頃まで警官の取調を受け殴られたり脅かされたりしたので、ないことまで述べた」と言い、弁護人の質問に対しては「前科があり警官が恐ろしいので迎合した」と言い、被告人及川勝夫の質問に対しては、「豚箱にはいりたくないので、他人のことを悪く言つて自分を庇おうとした」と言い、被告人平山新太郎の質問に対しては「警官の誘導尋問にひつかかり、なにもわからないのに、警官からこうやつたのだろうと聞かれて、ただはいはいと答えた」と言い、結局どうであつたというのかその趣旨を捕捉するに由ないもので、とうてい措信することができない。その他原審並びに当審で取り調べた一切の証拠を調査しても、伊藤初治及び清野源助が検察官に対し、〓沢惣三郎が司法警察員に対しなんらかの不当な影響下におかれて任意でない虚偽の供述をしたものと疑われるような証跡はない。

なお、論旨は、その他の供述録取書面にも幾多架空のでつち上げを事実として記載したことの明瞭なものがあり、原判決は被告人及び弁護人の重なる指摘にもかかわらずこれを証拠に採用していると主張するが、ただそう主張するだけで、その資料についてはもちろん、原判決引用のどの証拠のどの部分が論旨にいわゆる架空のでつち上げであるのかについてさえもなんら言及するところがない。かような主張に対しては特に判断を示す必要はないものと考える。

論旨は理由がない。

被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登の控訴趣意第一章及び被告人平山新太郎の控訴趣意市役所関係一について、

論旨は、本件各被告事件当時及びその前後の石巻市における失業対策事業の実施状況、右事業に就労する日雇労働者の賃金額並びに生活状態、日雇労働者の組織並びに運動状況等について詳しく述べている。原判決は右各事件当時における日雇労働者特に石巻公共職業安定所管内の日雇労働者の組織並びにその組織内における被告人等の地位、役職関係については理由中罪となるべき事実の冐頭において、その当時における同安定所取扱にかかる失業対策事業の実施状況殊に事業主体である石巻市の定めた就労の枠が一日二三〇名で同安定所としては枠外就労の斡旋を拒否せざるをえない状況にあつたこと、一日の労働賃金が男子二〇五円、女子一六〇円であつたことについては罪となるべき事実第二の冐頭においていずれも本件の発生経過の説明に必要な限度で判示しているのであるが、それらの事項は、被告人野崎渡が原判示第一の事件当時第一組合の執行委員であつたとの点を除き、いずれも原判決挙示の証拠によつて明らかである。ただ、被告人野崎渡の原審第四一回公判における供述によれば、同被告人は右事件当時第一組合の平組合員で、その後の改選によつて始めて役員に就任したものであることが認められるから、原判決が、同被告人が右事件当時第一組合の執行委員であつた旨認定したのは誤であるが、右程度の誤は判決に影響を及ぼさない。被告人平山新太郎は原判示第一の事件当時組合員でも執行委員でもなかつた旨主張するが、原判決の認定は、同被告人がその後に行われた第一組合、第二組合併合後の新組合の組合員で原判示第二の事件当時執行委員であつたというのであるから、右主張となんら抵触するものではない。その頃における日雇労働者の生活がいかに窮乏していたかは、論旨の掲げる計数上の根拠を藉りるまでもなく、原判示のごとき低賃金によつて生活を賄なわなければならなかつたこと自体から容易に推測される。なお、被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登の論旨末段にある「この事件が数々のでつち上げによつて作り上げられた全く悪辣極まる弾圧事件である」というがごとき主張の理由のないことは、以下の説明によつておのずから明らかである。その余の論旨はいずれも原判決の触れていない、公訴にかかる犯罪の成否とは係りを持たない事項に関するものであるから、判断のかぎりではない。

被告及川勝夫、同野崎渡、同山野部登の控訴趣意第二章冒頭から次頁二四行目まで(欠番一にあたる)、被告人平山新太郎の控訴趣意二、三、四及び高橋弁護人の控訴趣意第一点について、

原判決が原判示第一の冐頭の事実につき挙示する証拠によれば、右事実殊に被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登が昭和二七年三月一〇日石巻公民館で原審相被告人本間陽一、同菅原庄三等と協議した結果、石巻市に対しすでに同年二月一一日提出していた賃金値上、完全就労、託児所設置の要求に対する回答を促し、賃金を三〇〇円に値上することを求める外右三項目に加えて教科書代支給、労働時間短縮、生活扶助費増額の要求をすることとし、市側との折衝は日雇労働者全員の集団的圧力その他原判示のごとき方法により強力に行う方針を定め、同日耽書房こと〓幸造方に集つた被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登、本間陽一等の間でその闘争を徹底的に行うことを確認したこと、新に加えられた右三項目の要求は、正式の組合大会若しくは執行委員会に諮つて決定されたものではないこと、翌一一日被告人及川勝夫が石巻市役所前に賃金受領等のため集つた日雇労働者三〇〇余名に対し右六項目を告げてその回答要求に対する集団的参加を求めたことは、いずれもその証明十分である。原判決は第一の冒頭において右被告人等が以上のように単に日雇労働者側の石巻市に対する要求事項及びそれをかちとるための交渉の方針並びに方式等について協議決定した経過を判示しているだけで、所論のように右被告人等が前記各会合において原判決が以下に掲げる各犯行ないし実力行使を謀議したとは認定していないし、また、日雇労働者が従来論旨にいわゆる大衆動員による団体交渉を行つたことがない旨の認定もしていないのである。なお、右引用証拠によれば、原判示のとおり市側から交渉に当るべき日雇労働者側の代表者を五人に制限することの要望のあつたことが明らかであり、ただ、交渉開始直前に日雇労働者側の強い主張があつたため市側でも右代表者を一〇人とすることを諒承するに至つたものであることは、原判決が第一の一(一)において説示するとおりである。その余の論旨は叙上の認定を妨げるものではなく、論旨引用の証拠の内容中右認定に抵触する部分は措信し難く、右証拠中原判決が証拠の標目として掲げている分については右抵触部分を除外して採証した趣旨と解するのを相当とし、記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌しても、原判決の事実認定に誤があるとは認められない。論旨は理由がない。

被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登の控訴趣意第二章の二、四(三は欠番)、被告人平山新太郎の控訴趣意五、六、七(原判示第一の一(一)及び二につき事実誤認を主張する部分)、高橋弁護人の控訴趣意第二点の一、第三点について、

原判決が原判示第一の一(一)及び二の各事実につき挙示する証拠によれば、第一の一(一)のとおり、日雇労働者の代表者である被告人及川勝夫等一〇名の者が、昭和二七年三月一二日午後四時過頃から石巻市役所二階市議会議長室において、日雇労働者多数傍聴の下に、市長清野源助等と会見して前掲六項目の実現を強硬に要求し、市長が託児所設置の見透はあるが、その他については専決できないとして同月二二日まで回答を保留する旨述べ、午後六時三分頃面会時間も経過したとして交渉打切を宣すると共に貼紙の掲示によつて庁舎からの退去を求めるや、被告人及川勝夫、同野崎渡、同平山新太郎、同山野部登は原審相被告人菅原庄三、同本間陽一と意思を通じて右要求に応ぜず、午後一〇時二〇分頃市長が警察官により庁舎から救い出される頃まで退去しなかつた事実、第一の二のとおり、市長が交渉を打切つた後市議会事務局室、秘書課調査係室を経て南側(裏側)階段から庁外に逃れ出ようとするや、被告人野崎渡、同山野部登が原審相被告人菅原庄三、同佐藤悟と共に他の労働者を動かしてこれを阻止し、被告人及川勝夫が他の労働者数名と共に市長を取り巻いてその退出を妨げ、市長をして調査係室に戻るのやむなきに至らしめた上、以上五名の者、被告人平山新太郎、原審相被告人本間陽一は意思を通じて、或は市長を抱きしめ、或はその身辺に立ち塞がり、或は市長を救い出すため駈けつけた警察官の行動を妨害して、市長をして同室からの脱出を不能ならしめて同人を不法に監禁した事実は、これを認定するに十分であり、論旨引用の証拠の内容中叙上の認定に抵触する部分は措信し難く、右証拠中原判決が証拠の標目として掲げている分については、右抵触部分を除外して採証した趣旨と解するのが相当であり、記録を精査し、当審における事実取調の結果を参照しても、原判決の事実認定に誤があるとは認められない。論旨は、面接時間一時間というのは、市側の交渉方式についての希望条件にすぎず、労働者側においてこれを諒承したわけではないと主張する。しかし、原判決の引用する原審第七回公判調書中証人小野寺辰三郎の供述記載、証人清野源助の原審第三五回公判における供述、証人木村皐一の原審第三六回公判における供述、永沢弘治の検察官に対する第一回供述調書によれば、交渉にはいる前に、面接時間を一時間とし、労働者側の代表者を五人に制限するという市側の要望に対し、労働者側は代表者の数については一〇名を固持して譲らなかつたため、原判示のとおり市側もやむなくこれに同意したが(原判決は被告人平山新太郎が主張するように〓幸造等外来の者の応援を得て市側を納得させたとは判示していない)、労働者側は市側の提示した面接時間については特に異議を唱えずにそのまま交渉にはいつたことが認められるから、この点については労働者側も諒承したものと推測されるのである。のみならず、交渉は午後四時過頃から退庁時をすでにまわつた午後六時頃まで約二時間に亘り継続して行われ、その間労働者側の提出した六項目の要求について詳細な説明があり、論議が交わされた結果、市長としては、六項目の中託児所設置の見透はあるが、他の五項目については専決できないから三月二二日まで回答を保留する旨告知したのである。その後段の趣旨は、言うまでもなく、五項目の要求を拒否するというのではなく、また、後日の交渉再開を回避するというのでもなく、ただそれらは市長の専決し得る事項ではなく、従つて即答ができないから、三月二二日までの猶予を得て関係機関に諮りその要求に対する市側の態度を決定した上で回答するというにあるものと解される。すなわち、市側としては、その日の交渉において、労働者側の要求に対し、受諾すべきものは受諾し、回答を保留すべきものについてはその理由を説明し、一応条理を尽して応答しているのであり、ただ、市長に専決権のない事柄についてそれ以上交渉を継続することは、いたずらに時間を空費するのみで無益であるとの結論に達したものと認められるから、時刻がすでに午後六時を過ぎ、三〇〇名を超える多数の労働者が庁舎内に密集し管理上ゆるがせにできない状況下にあつたことも考え合わせれば、かりに所論のように両者間に面接時間に関する事前の取極がなかつたとしても、市長が労働者側に対し交渉の打切を宣しその有する管理権に基いて庁舎からの退去を求めたことは、社会通念上首肯し得ることであつて、必ずしも所論のように不当の措置と認めることはできない。論旨は、市長は退去の要求を撤回し、市議会事務局室、秘書課調査係室等において労働者側との交渉を継続し、現に労働者側の六項目の要求中教科書代一五万円支給の件を約束したと主張する。しかし、市長が明示的に退去の要求を撤回し交渉の継続を受諾した事実のないことは、原判決の引用証拠によつて明らかである。また、右証拠によれば、市長は労働者側に対し交渉の打切を宣し退去を要求したが、労働者側は不当の措置であるとして騒然となり、右要求に応ずる気配を示さなかつたので、市長はみずから席を立つて隣りの事務局室に退場したところ、これを追うて同室にはいりこんだ多数の労働者から喧々ごうごうたる不穏の状況下において交渉の続行を迫られ、不安を感じて同室から逃れ退庁しようとしたが、労働者達に阻まれてやむなく調査係室にはいり、前説示のとおり同室からも逃避を試みたが、被告人等に妨げられて果さず、結局警察官に救い出されるまで脱出不能の監禁状態におかれたものであることが認められる。従つて、市長がその間労働者側の発言に対し若干の応答をし、所論教科書代支給について言質のごときものを与えた事実があつたとしても、それが対等の立場における交渉当事者としての自由な意思によつたものとは認め難いから、右事実から直ちに市長が暗黙のうちに退去の要求を撤回し交渉の継続を承諾したものと推定することはできない。なお、原審相被告人本間陽一の原審第三八四回公判における供述、被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登、原審相被告人菅原庄三の各原審第四一回公判における供述によれば、被告人及川勝夫以外の右四名の者は議長室における交渉中いずれも附近の廊下にいて傍聴していたことが明らかであつて、この点は論旨の主張するとおりである。証人宿原市五郎は原審第二二回公判で右四名の者も労働者側の代表者として議長室における交渉に参加したもののように証言しているが、同人等が代表者でなかつたことは、原判決引用の他の証拠によつて極めて明白であるから、右証言は誤である。従つて、原判示第一の一(一)中「被告人及川勝夫は……議長室に臨み……被告人野崎渡、同山野部登、同菅原庄三、同本間陽一と一緒の上主として及川勝夫において市長清野源助に対し前記六項目の実現を鋭く主張してこれを求め」の部分が、被告人野崎渡、同山野部登、原審相被告人同菅原庄三、同本間陽一において被告人及川勝夫と共に議長室に臨み交渉に介入した趣旨を含むものとすれば―文字どおり読めばそのような趣旨に解されないでもない―そのかぎりにおいて原判決の認定に誤がある。しかし、議長室に臨み交渉に介入したかどうかは不退去罪の成否にかかわりのない事項であるから、この点に関する誤認は判決に影響はないものと認むべきである。論旨は理由がない。

被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登の控訴趣意第二章の五、被告人平山新太郎の控訴趣意七(原判示第一の三につき事実誤認を主張する部分、高橋弁護人の控訴趣意第四点について、

市長清野源助が日雇労働者側に対し交渉の打切を宣し市庁舎からの退去を要求した後においてもなお正式の交渉が続行された旨の主張の理由のないことは、前段で説示したとおりである。次に、原判決が原判示第一の三(一)(二)(三)の各事実につき挙示する証拠によれば、被告人及川勝夫、同野崎渡、同平山新太郎、同山野部登が原審相被告人菅原庄三、同本間陽一、同佐藤悟と共謀の上、同被告人等労働者達のため同市役所二階秘書課調査係室に監禁されている市長清野源助を救い出そうとした原判示各警察官に対し原判示のような暴行を加えてその職務の執行を妨害した事実は、これを肯認するに十分であり、論旨引用の証拠中叙上の認定に反する部分は措信し難く、記録を精査し、当審で取り調べた証拠を検討しても、原判決の事実認定に誤があるとは認められない。論旨は、警官隊の行動は市長救出に名を藉りた労働運動に対する悪質な挑発行為ないし不当な暴力行為であり、被告人等の所為は警官隊のこの暴力に対し労働者達の生命身体を防衛するためやむことを得ざるに出たものであるから正当防衛行為であると主張する。しかし、警官隊は原判示のとおり被告人等労働者達のため調査係室に監禁されている市長を救い出そうとして行動したのである。それは、個人の権利と自由を保護し公共の安全と秩序を維持することが警察官の任務である以上、その適法な職務の執行行為であつて、論旨の言うような市長救出に名を藉りた挑発行為ないし不当な暴力行為と認めることはできない。而して原審相被告人本間陽一が第一の三(一)前段のとおり調査係室附近において他の労働者数名と共にスクラムを組んだりして門馬七郎警部補外三名の警察官を押し返したのも、原審相被告人〓沢惣三郎が第一の三(二)のとおり北側階段上で門馬警部補を角棒で殴りつけたのも、被告人野崎渡、同山野部登、原審相被告人菅原庄三、同佐藤悟が第一の三(三)のとおり南側階段上で他の労働者数名と共に机、椅子を並べてバリケードを設け、安住鉄男警部補等一六名の警察官にたいし火鉢、石、椅子等を投げつけ、その一部の警察官を殴つたりしたのも、すべて調査係室に監禁されている市長を救い出すため同室に赴こうとした右各警察官の行動を阻止しようという意図によつたものである。のみならず、警官隊としては当初から実力行使のみを考えていたわけではない。警官隊は最初一部の労働者及び市職員組合有志の者の要請を容れてしばらく庁外で待機し、労働者側との摩擦を避け、その自主的な措置に訴えて事態の好転を図らうとさえしたのである。然るに、労働者側は依然として市長に対する監禁をとかないのみか、階段の上り口にバリケード等を築き、暴力に訴えても警官隊の行動を妨げ、市長との交渉を強行しようとする態勢を示したので、警官隊としては、市長を救い出すためにはいきおい労働者側の以上のごとき妨害行為を排除しなければならない事態に立ち至つたため、やむを得ず実力行使に及んだもので、労働者側の妨害行為がなかつたならば、警官隊の実力行使もあり得なかつたはずである。以上のことはすべて原判決の引用証拠により明らかである。従つて、被告人等の暴力行為を目して所論のように警官隊の急迫不正の侵害に対し労働者達の生命、身体を防衛するためやむことを得ざるに出た正当防衛行為と認めることはできない。また、原判決の引用する原審受命裁判官の証人芳野哲郎に対する尋問調書、同人及び本間陽一の各検察官に対する第二回供述調書によれば、本間陽一が第一の三(一)後段のとおり芳野哲郎巡査の腹部を蹴つたのは、同巡査が大藤なみを室外に出そうとした際であるが、同巡査がなみを室外に出そうとしたのは、同女が市長を救い出すため調査係室にはいらうとした同巡査にわめきながらしがみついてその職務の執行を妨害したからであつて、所論のようにおとなしく立つていた同女に襲いかかつたわけではなく、同女を室外に出そうとした行為そのものも、同女の着衣の袖か襟のあたりを掴んで引つ張つた程度のもので所論のように同女の頭髪を掴んで引きずらうとしたというがごとく職務の執行に対する妨害を排除するに必要な限度を超えたものと認めることはできない。論旨引用の被告人野崎渡の原審第四一回公判における供述、原審相被告人本間陽一の原審第三八回公判における供述、豊原なみの原審第三〇回公判における証言中叙上の認定に反する部分は措信することができない。而して、右のような職務の執行に対する妨害を排除する行為もまたその必要な限度を超えないかぎりは適法であると解すべきであるから、これに対しては正当防衛は許されないといわなければならない。従つて、本間陽一において芳野巡査の腹部を蹴つたのが、同巡査の手からなみを引き離すためであつたとしても、その行為を目して正当防衛行為と認めることはできない。論旨は理由がない。

被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登の控訴趣意第二章の六、被告人平山新太郎の控訴趣意安定所関係一、二、三、高橋弁護人の控訴趣意第五点ないし第七点について、

原判決が原判示第二の冒頭及び一、二、三の各事実につき挙示する証拠によれば、右冒頭の事実及び第二の一のとおり被告人野崎渡同平山新太郎、同山野部登が及川善三、佐藤悟と共同して石巻公共職業安定所長添野武及び同庶務課長渡辺文悟に対して暴行した事実、第二の二のとおり被告人及川勝夫、同野崎渡、同平山新太郎、同山野部登が長崎公夫、本間陽一と共同して添野武及び渡辺文悟を脅迫しかつ渡辺文悟に対し暴行した事実、第二の三のとおり被告人野崎渡、同平山新太郎、同山野部登が共同して渡辺文悟に対し暴行した事実は、これを認定するに十分であり、第二の二において被告人野崎渡が渡辺文悟の右手首に煙草の火をつけたのは、同被告人の故意に基く行為であつて、過失による行為とは認め難く、渡辺文悟が被告人平山新太郎の足を踏んだという出来事は、同被告人が渡辺文悟に対し第二の二末段にあるような暴行を加えた後のことで、これとは無関係のことであることが明らかである。論旨引用の証拠中叙上の認定と符合しない部分は措信し難く、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、原判決の事実認定に誤があるとは認められない。なお、第二の二において被告人及川勝夫等が添野武及び渡辺文悟に対してした原判示趣旨の通告は、一般に人を畏怖させるに足りる性質の害悪の告知を含み、従つて、暴力行為等処罰に関する法律第一条の罪の構成要素をなす刑法二二二条にいわゆる脅迫にあたることは、言うまでもない。論旨は理由がない。

高橋弁護人の控訴趣意第八点中被告人四名に関する部分について、

労働者が生活の向上を図るため労働条件の改善、雇傭関係の調整、福利施設の設置等について使用者その他の関係方面と交渉すること自体は、もとより正当な行為であるが、本件において被告人等が企図したように暴力に訴えてまでもその要求の貫徹を図ろうとするがごときは、社会秩序を紊るばかりではなく、民主主義の精神をふみにじり、労働運動の健全な育成を阻害するもので、とうてい許さるべきではない。しかしながら、記録によれば、被告人等は貧窮にあえぐ日雇労働者一般の生活権を護らうという熱意が余つてその方法を誤り、ついに本件のごとき不詳事件を惹き起したものと認められるのであつて、犯情において憫諒すべき点もなしとしない。しかも、本件が発生してからすでに五年有余の歳月を経過し、その間被告人等の蒙つた有形無形の苦痛は決して軽微なものではなかつたと考えられる。以上彼此較量し、なお被告人等の経歴、境遇、年令、前科の有無、犯罪後の情況その他諸般の情状をも検討して被告人等に対する量刑を考えるに、原判決が被告人等に科した各懲役一年の刑は重きに過ぎ失当と認められる。論旨は理由がある。

よつて、刑訴法第三九七条第三八一条により原判決中被告人等に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所は次のとおり判決する。

原判決の確定した罪となるべき事実に法令を適用するに、被告人及川勝夫、同野崎渡、同平山新太郎、同山野部登の判示第一の一(一)の所為は刑法第一三〇条第六〇条罰金等臨時措置法第二条第三条に、同被告人等の判示第一の二の所為は刑法第二二〇条第一項第六〇条に、同被告人等の判示第一の三の所為(包括一罪と解する)は同法第九五条第一項第六〇条に、被告人野崎渡、同平山新太郎、同山野部登の判示第二の一、三の各所為並びに右被告人三名及び被告人及川勝夫の判示第二の二の所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するので、第一の一(一)、第一の三、第三の一、二、三の各罪につき所定刑中懲役刑を選択し、被告人平山新太郎には判示前科があるので、刑法第五六条第五七条により各罪につき再犯の加重をし、以上被告人四名の所為はいずれも同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条第一〇条により最も重い第一の二の罪につき定めた刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登を各懲役一年に、被告人平山新太郎を懲役六月に処し、同法第二一条により原審における未決勾留日数中被告人及川勝夫、同山野部登に対し各五〇日を被告人野崎渡に対し七〇日を、被告人平山新太郎に対し九〇日をそれぞれ右本刑に算入し、被告人及川勝夫、同野崎渡、同山野部登に対しては前段説示の情状に鑑み同法第二五条第一項によりいずれも二年間右刑の執行を猶予し、原審並びに当審における訴訟費用は刑訴法第一八一条第一項但書により被告人等に負担させないこととし、

主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 板垣市太郎 裁判官 斎藤勝雄 裁判官 有路不二男)

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